チーナについて
チーナはバンクーバーの家族経営の会社です。1978年にウェイン・リットンとカオリ・リットンが創業し、現在は息子のショーン・リットンが経営、三代目のギャビンが業務を担っています。
アダム・グラント・ホーンとハドソン湾会社
チーナの物語は、19世紀のバンクーバー島から始まります。私たちの祖先アダム・グラント・ホーンは、スコットランドのエディンバラ出身の探検家でした。1851年、オークニー諸島を経てビクトリアのハドソン湾会社に入り、フォート・ビクトリアとフォート・シンプソンの交易所で働いたのち、1853年にナナイモの交易所を任されました。そこで地元の先住民族と信頼関係を築き、会社の命を受けてバンクーバー島内陸部の探検を率いました。
ジョージナ・エイブラムス=リットンと北西海岸の芸術
ホーンのひ孫にあたるジョージナ・エイブラムス=リットンは、1910年にユニオン・ベイで生まれ、幼いころから北西海岸の芸術に惹かれました。1950年代半ば、ハイダ・グワイ出身の事業パートナーで家族ぐるみの友人でもあるジョーディ・ケリーとともに「クラ・ハウ・ヤ・クラフツ」を立ち上げます。ケリーは第二次世界大戦で、カナダ王立工兵隊の一員としてノルマンディーのジュノー・ビーチに第一波で上陸した人物です。
二人はそれぞれの図柄が持つ文化的な意味を調べ、作品はエイブラムス=リットン自身が描きました。その作品の一部は、カナダ国立美術館に収蔵されています。
このパートナーシップを通じて、ジョージナはハイダ族と深く親しくなり、強い絆を築きました。1940年代には、絵の腕を磨くため、クイーン・シャーロット諸島(現在のハイダ・グワイ)でたびたび過ごしています。
チーナ、銀色の鮭
ジョージナの息子ウェインと妻カオリは、地元の原材料でつくる西海岸の本物の産品という、ひとつの考えをもとに事業を始めました。家族とハイダ族とのつながりから、二人はスキデゲートの首長ナングシンワスの孫娘ガートルード・ケリー(旧姓ラス)と夫のピーター・レジナルド・ケリー博士から、「銀色の鮭」「最高の鮭」を意味するハイダ族の言葉「チーナ」を使うことへの祝福を受けました。
1977年、ハイダ族の依頼により、二人は若きハイダ族のアーティスト、ドン・ヨーマンズと協力し、チーナのクレストが生まれました。ドン・ヨーマンズはその後、高く評価される作家となり、作品はブリティッシュコロンビア大学人類学博物館に収蔵され、カナダ歴史博物館に常設展示されています。
1978年、ウェインとカオリはバンクーバーでチーナを開業し、天然スモークサーモンをはじめとする高品質な水産品を販売しました。その後、メープル製品にも事業を広げています。
スモークサーモンのつくり方
創業以来、バンクーバー島の北で獲れた輸出用最上級(#1エクスポートグレード)のサーモンを使っています。手つかずの澄んだ沿岸の海が、天然サーモンの銀色の背、深い身の色、豊かな脂をはぐくみます。
サーモンは獲れてすぐに船上で凍結されます。工場では一尾ずつ手でおろし、小骨を抜き、整えてから軽く塩水に漬け、本物の木で燻します。燻製室から出したフィレはすぐに急速冷凍し、いちばん良い状態を保ちます。
チーナのスモークサーモンには、液体スモーク、保存料、添加物、着色料を一切使用していません。
メープルテロワール
本物の素材を使うという同じ考えのもと、ウェインとカオリはもうひとつのカナダの名産、メープルシロップを加えました。ワインと同じように、メープルの収穫は農園の場所、土壌、気候で変わります。そこで、このブランドを「メープルテロワール」と名づけました。
メープルシロップは、ケベック州アパラチア山脈のふもとにある、4代続くメープル農園でつくられています。高地での少量生産は手間も費用もかかりますが、品質に妥協しないための選択です。ピュアメープルシロップには、ブレンドも、化学物質、漂白剤、着色保存料の添加も一切行っていません。
現在のチーナ
現在は、ウェインとカオリの息子ショーン・リットンが、チーナとメープルテロワールの社長を務めています。家族経営の会社として、創業者の考えを守り、ブリティッシュコロンビアの西海岸からケベックのメープルの森まで、カナダの素材でつくった食品を皆様の食卓へお届けしています。三代目のギャビン・リットンも、「品質に妥協しない」という家族の信念を受け継いでいます。
